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「うつ病の薬を飲んでも良くならない」――その気分の波、双極性障害のサインかもしれません

「うつ病」として、もう3年も4年も治療を続けていて、真面目に薬も飲んでいる。それなのに、良くなったと思うとまた沈む。この波を、私たち精神科医は最初、単に「治療がうまくいっていないうつ病」だと捉えがちです。しかし診察室で丁寧に生活歴を聞き直していくと、実は…と思う時があります。今日はその話をしようと思います。

「うつ病の薬を何年飲んでも、なぜか良くならない」――その理由

双極性障害という病気は、実はその多くが「うつ状態」から発見されます。躁状態やそれに近い高揚した状態というのは、本人にとってはむしろ調子が良い時期に見えることが多く、わざわざ受診しようとは思わないものです。結果として、最初に医療機関にかかるときには「うつ病」という診断がつくことが非常に多いのです。

海外の大規模な患者調査では、双極性障害と診断されるまでに、最初の症状出現から診断確定まで平均で約10年前後の年月がかかっていることが繰り返し報告されています(Hirschfeldらの全米調査、Baldessariniらの多国籍コホート研究など)。また、うつ病として経過観察されている患者さんのうち、経過を追う中で一定の割合が後に軽躁・躁エピソードを経験し、双極性障害へと診断が変わっていくことも、A長期縦断研究をはじめとする複数の研究で示されています。

当院でも、「なかなか改善しない、いわゆる難治性のうつ病」として通われていた方が、生活歴を丁寧に振り返ると、20代のある時期に「異常にお金を使ってしまった数週間」や「一晩中平気で接客できて、むしろ絶好調だと思っていた時期」があったことがわかり、双極II型障害という診断に至ったことが何度もあります。ご本人にとっては、その時期は「調子が良かった」記憶として残っているため、こちらから尋ねなければまず出てこないのです。

「うつ病の治療をしているのに、なぜか良くならない」「抗うつ薬を増やしても、逆にイライラや焦りが強くなる時期がある」という方には、私は必ず、これまでの人生で気分やエネルギーが「異常に上がっていた」「調子が良かった」時期がなかったかを、時間をかけて聞くようにしています。

「じっとしていられない」「衝動買いが止まらない」――それってADHD?双極性障害?

もうひとつ、診療室でよく悩む場面があります。落ち着きのなさ、衝動性、多弁さ、こうした症状は、成人のADHD(注意欠如・多動症)でもよく見られます。双極性障害の軽躁・躁状態でもほぼ同じように見えます。実際、成人の双極性障害の患者さんにおいてADHDが併存している割合は、複数のメタ解析でおよそ1〜2割程度と報告されており、この二つは臨床像がかなり重なり合うことが知られています。

私が鑑別のときに重視しているのは、症状が「エピソード的」に現れるか、「持続的」に現れるかという点です。ADHDの不注意・多動性は、基本的には子どもの頃から続いている、いわば「その人の地」の性質です。一方で双極性障害の軽躁・躁状態は、普段の自分とは明らかに違う「期間限定」の変化であり、数日から数週間続いたあと、また元の状態に戻っていきます。夜のお仕事をされている方は、生活リズム自体が不規則なため、この「いつもと違う」を見極めるのが難しいのですが…

「感情が忙しい」「人間関係で気分が急変する」――境界性パーソナリティ障害との違いに悩む方へ

もうひとつ鑑別が難しいのが、いわゆる境界性パーソナリティ障害(BPD)との違いです。BPDでも気分の波は大きく、双極性障害と誤診される、あるいはその逆に見誤られることが少なくないです。両者の併存もまれではなく、臨床現場での鑑別の難しさは指摘され続けているテーマです。

ここでの見分け方としてよく使われるのが、気分の変動の「きっかけ」と「持続時間」です。BPDの気分の波は、多くの場合、対人関係上の出来事(見捨てられ不安を刺激するようなやり取りなど)によって、その日のうちに、あるいは数時間のうちに大きく揺れ動きます。一方で双極性障害のエピソードは、明確なきっかけがなくても始まり、数日から数週間という単位でまとまって続くのが特徴です。「今日は友達にLINEを既読無視されて、一気に落ち込んで、夜には少し持ち直した」というパターンは、双極性障害というよりBPD的な波である可能性を考えます。

リチウムを始めたら、むしろ気分が落ち込んだ気がする――そのときに知ってほしいこと

双極性障害の診断がついたあと、気分安定薬として炭酸リチウムを使用することが多いです。ここで、治療の壁にぶつかることがあります。「リチウムを飲み始めたら、むしろ気分が沈んだ気がする」と訴えて、数週間で通院をやめてしまう方が一定数いらっしゃるのです。

これは決して珍しいことではありません。リチウムという薬は、血中濃度が治療域に達するまでにもある程度の時間がかかりますし、さらに、気分を安定させるという臨床効果が実感として現れてくるまでには、血中濃度が安定してからさらに数週間を要することが薬理学的に知られています。つまり「薬を飲み始めてすぐには良くなった実感が持ちにくい」という性質を、この薬はもともと持っているのです。加えて、開始初期には手指の震えや喉の渇き、だるさといった、うつ状態と紛らわしい身体感覚が出ることもあります。

ここで何も説明のないまま治療を始めてしまうと、「やっぱりこの薬は自分に合わない」「余計に具合が悪くなった」と感じて、効果が出る前に離脱してしまう方が出てきます。実際、気分安定薬の治療における心理教育の重要性は、双極性障害の治療ガイドラインの中でも一貫して強調されており、事前にこうした「効果発現までのタイムラグ」をお伝えしておくことが、治療継続率を大きく左右すると私は感じています。当院では、リチウムを開始する際には必ず、「最初の2〜3週間は、効いている実感がなくても当然のことです」とお伝えするようにしています。

双極性のうつには、最初から「ラツーダ」や「クエチアピン」を検討すべき理由

双極性障害の「うつ状態」の治療は、単なる「うつ病」の治療とは考え方が異なります。国内外の主要なガイドライン(日本うつ病学会の双極性障害治療ガイドライン、カナダ・国際双極性障害学会によるCANMAT/ISBDガイドラインなど)では、双極性うつ病に対して抗うつ薬を単独で使うことは推奨されていません。抗うつ薬単独投与は、軽躁・躁状態への切り替わり(躁転)を引き起こすリスクが指摘されているためです。

そのため、双極性うつ病の治療では、最初からルラシドン(商品名ラツーダ)やクエチアピン、あるいはオランザピンといった非定型抗精神病薬、もしくは気分安定薬(リチウムやラモトリギンなど)を軸に検討することが、国内外のガイドラインで一貫して推奨されています。これらの薬剤は、複数の無作為化比較試験によって双極性うつ病に対する有効性が確認されており、躁転リスクを抑えながら気分の落ち込みを改善できる点が評価されています。

また、スルピリドのような比較的作用の穏やかな薬剤を、少量、補助的に用いることを検討する場合もありますが、これはあくまで気分安定薬をベースとした治療の枠組みの中での話であり、抗うつ薬的な薬剤を主軸に据えることは避けるべきだというのが、現在の標準的な考え方です。「うつっぽいから、とにかく抗うつ薬を増やす」という対応は、双極性障害においてはむしろ状態を不安定にしてしまう可能性がある、という点を、ぜひ知っておいていただきたいと思います。

「一生付き合う病気」と言われて絶望しないでほしい――双極性障害の予後について

双極性障害と診断されると、「一生治らない病気だと言われた気がした」と肩を落とす方が少なくありません。たしかに双極性障害は、多くの場合、長期的な自己管理が必要な慢性の病気です。適切な治療を受けていても、一定の割合で再発が起こることも事実です。

ただ、ここで強調しておきたいのは、診断が早く、気分安定薬による維持療法が適切に継続されているケースほど、再発の頻度も入院に至るような重い波の頻度も、明らかに少なくなるという点です。維持療法を行った群と行わなかった群を比較した研究では、気分安定薬による再発予防効果があると言われています。逆に言えば、診断がつかないまま何年も「うつ病」として治療され続けてしまうこと自体が、結果的にその方の予後を悪くしてしまうリスクになり得るということです。

夜のお仕事をされている方は、生活リズムの乱れそのものが気分の波を誘発しやすいという事情もあります。だからこそ、正確な診断のもとで、生活リズムの整え方まで含めた治療方針を一緒に考えていくことが、長い目で見たときの安定につながります。

「もしかして」と思ったら、まず問診から

ここまでお話ししてきたように、双極性障害の診断には、過去にさかのぼって気分の波を丁寧に聞き取ること、そして何より、時間をかけて経過を見ていくことが欠かせません。

「うつ病の治療を続けているのに、なぜか波がある」「気分の浮き沈みに、自分でも振り回されている」と感じている方は、一度、これまでの人生でのエネルギーの波を振り返りながら、医師と一緒に整理してみることをお勧めします。当院では、夜間のお仕事をされている方の生活リズムにも配慮しながら、こうした丁寧な問診と、必要に応じた薬物療法・心理教育を組み合わせた診療を行っています。

ひとりで「自分はおかしいのかもしれない」と抱え込まず、まずはお話を聞かせていただければと思います。


参考文献

  1. Hirschfeld RM, et al. “Screening for bipolar disorder in the community.” J Clin Psychiatry. 2003.
  2. Baldessarini RJ, et al. “Illness risk following rapid versus gradual discontinuation of antidepressants.” Am J Psychiatry / Bipolar Disord関連コホート研究.
  3. Angst J, et al. “Toward a re-definition of subthreshold bipolarity.” J Affect Disord. 長期縦断研究.
  4. 日本うつ病学会. 「双極性障害(気分障害)の治療ガイドライン」2023年改訂版.
  5. Yatham LN, et al. “Canadian Network for Mood and Anxiety Treatments (CANMAT) and International Society for Bipolar Disorders (ISBD) 2018 guidelines for the management of patients with bipolar disorder.” Bipolar Disord. 2018.
  6. Geddes JR, et al. “Long-term lithium therapy for bipolar disorder: systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials.” Am J Psychiatry. 2004.
  7. Ghaemi SN, et al. “Antidepressant treatment in bipolar versus unipolar depression.” Am J Psychiatry.
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