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「死にたい気持ちが消えない」──希死念慮が続くのはなぜ? 精神科医が診療室から伝えたいこと

新宿・歌舞伎町でクリニックをしていると、「希死念慮」という言葉が日常会話の中に自然に混じるようになってきます。夜の仕事をしながら通ってくれる患者さん、昼夜逆転の生活の中で受診してくれる10代の子たち。「死にたいって思うんですけど、これって普通じゃないですよね」と、ずいぶんフラットな感じで話してくれます。最初のころは、「その平坦さ、冷静さ」に少し驚きを感じました。

この記事は、希死念慮について「上から教える」ために書いたわけではありません。毎日診察室で感じる、「この気持ちをどう言葉にすればいいんだろう」という私の迷いを、少し整理してみたくなった、という感じに近いです。読んでいるあなたに、少しでも届くといいと思って書いてます。


「死にたい」という気持ちは、意志の弱さではありません

まず最初に伝えておきたいのは、希死念慮は「気合が足りない」とか「ネガティブ思考のクセ」とか、そういった話ではないということです。脳の機能に関わる問題であり、特にセロトニンやノルアドレナリンといった神経伝達物質のバランスが崩れると、死にたいという考えが頭に居座りやすくなることが知られています。

精神医学では、希死念慮を大まかに「消極的希死念慮(死んでもいいな、消えたいな)」と「積極的希死念慮(死ぬ方法を考えている)」に分けて考えます。後者になってくると、自殺企図──実際に行動に移そうとすること──のリスクが高まります。
日本の「自殺総合対策大綱」(厚生労働省, 2022年改定)でも、自殺は「個人の問題」ではなく、精神医学的・社会的な複合要因による問題であると明記されています(参考文献①)。

ですから、自分を責める必要はありません。ただ、一人でどうにかしようとするには、少し重すぎる問題です。


10代から続く希死念慮──「ずっとこうだった」という方たちのこと

当院に来てくださる若い患者さんの中には、「物心ついた頃から死にたかった」と話してくださる方がちらほらいらっしゃいます。10歳、11歳のころから、漠然と「いなくなりたい」という感覚があったとおっしゃいます。

あるとき、10代後半の女性がこんなことを言っていました。「死にたいって思うのが普通だと思ってました。みんなそうなんじゃないかって」。長い沈黙の後に、「違うんですか?」と聞いてきてくれました。

これは決して珍しいことではありません。家族関係が複雑だった場合、幼少期から慢性的なストレスや安心感の欠如の中で育つと、脳の発達段階で感情調整の回路に影響が出ることがあります。幼少期の逆境体験(ACE: Adverse Childhood Experiences)と、成人後のうつや希死念慮との関連は、多くの研究で示されています(参考文献②)。

家庭内の不和、ネグレクト、親の精神疾患やアルコール問題──こういった環境の中で育った子どもは、「自分は生きていていい存在なのか」という問いを、誰にも言えないまま抱えていることが多いです。そしてその感覚が、10年も20年も続いてしまうことがあります。

「慢性希死念慮」という状態について

常にうっすらと死にたい気持ちがある状態を、精神医学では「慢性希死念慮(chronic suicidal ideation)」と呼ぶことがあります。急性の危機とは少し違って、「特に何かあったわけじゃないけど、ずっとある」という感じです。
慢性希死念慮は、境界性パーソナリティ障害(BPD)、複雑性PTSD、治療抵抗性うつ病などと関連することが多いとされています(参考文献③)。ただし、診断名よりも大事なのは「その方が今どんな苦しさの中にいるか」を丁寧に聞くこと──と、日々の診察を通じて感じてます。


「死にたい」と口に出せた瞬間から、少し変わることがあります

「こんなこと言っていいのかな」と思いながら診察を受けられる方がいます。希死念慮を誰かに打ち明けたことがない、という方も多いです。「心配かけたくなくて」「引かれると思って」「そんなこと言っても意味ないと思って」。そういった言葉をよく聞きます。

でも実際には、口に出した瞬間に何かが少し変わる、という経験をされる方が多いんです。言葉にすることで、自分の中でずっとぐるぐるしていたものが、少しだけ外に出る感覚があるとおっしゃいます。精神医学的にも、「ナラティブ(語り)」には感情の調整を助ける機能があることが示されています。

私自身は、希死念慮を話してくださった患者さんに対して、なるべく「話してくれてありがとう」とお伝えするようにしています。それだけのことですが、「責められると思ってた」とおっしゃる方が多いです。精神科医としての仕事は、判断・問題解決ではなく、まず聞くことだと思っています。


治療で何が変わるのか──薬とカウンセリングの役割

希死念慮に対する治療の中心は、現状では「薬物療法」と「精神療法(カウンセリング)」の組み合わせになります。

薬物療法について

うつ病に伴う希死念慮には、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)などの抗うつ薬が使われることが多いです。ただし、一部の抗うつ薬(特にSSRI)は、治療初期に希死念慮が一時的に高まるリスクが指摘されており、特に25歳未満では注意が必要とされています(参考文献④)。これは薬を使わない理由ではなく、「使うなら最初の数週間を丁寧に見ていく必要がある」という意味です。
当院では、薬を開始した後の最初の2〜4週間は、できるだけ短いスパンで受診していただくようにしています。

精神療法について

弁証法的行動療法(DBT: Dialectical Behavior Therapy)は、慢性希死念慮や自傷行為を繰り返す患者さんに対して最もエビデンスが蓄積された精神療法の一つで、特にBPDとの関連で広く用いられています(参考文献⑤)。感情の波に飲み込まれずに対処するスキルを、実践的に身につけていく手法です。
すぐにDBTが受けられる環境が整っているクリニックはまだ多くありませんが、その考え方を診察に取り入れることはできます。

また最近、治療抵抗性のうつや希死念慮に対して、ケタミン(エスケタミン)の効果が注目されており、急性の希死念慮を短時間で軽減する可能性が複数の試験で示されています(参考文献⑥)。日本では保険適用の状況が限られていますが、今後の選択肢として知っておいていただければと思います。


「死にたい気持ち」と少し距離を置くために──今日できること

治療が始まるまでの間、あるいは治療と並行して、「希死念慮が強くなったとき」に少しだけ間を置けるかもしれない方法をいくつか挙げておきます。完璧にできなくて大丈夫です。「ひとつだけ試せた」で十分だと思っています。

  • 「今夜だけは」と区切る:先のことを考えすぎず、「今夜だけは何もしない」と小さく決めてみてください。
  • 安全な場所に移動する:一人でいることが辛い夜は、場所を変えることで気持ちが少し変わることがあります。コンビニでも、食べ物屋さんでもどこでもいいですよ。
  • 信頼できる誰かに連絡する:「死にたい」と言えなくても、「今しんどい」だけで十分です。
  • いのちの電話・よりそいホットライン(0120-279-338)に電話する:24時間つながれる場所があります。話してみる、という行為だけでも意味があることがあります。

これらは「解決策」ではありません。ただ、その時間が、次の一歩につながることがあります。


オーバードーズ(過剰服薬)について、正直にお伝えしたいこと

希死念慮の話をするときに、オーバードーズ(OD)についても触れておく必要があります。当院に来てくださる患者さんの中にも、ODを経験されたことがある方は少なくありません。

ODは「死ぬほどじゃなかった」とおっしゃる方も多いです。「気持ちを誰かに知ってほしかった」「楽になりたかっただけ」という言葉をよく聞きます。それは本当のことだと思っています。でも、医師としてお伝えしなければならないことがあります。

ODは、意図の軽重に関わらず、身体に深刻なダメージを与えるリスクがあります。特に市販薬・処方薬の種類によっては、外見上は大丈夫に見えても、肝臓・腎臓・心臓への影響が後から現れることがあります。また、ODを繰り返すことは、その後の自殺企図リスクを高めることが研究で明確に示されています(参考文献⑦)。

「ODしてしまった」「しそうな気がする」という状態になったとき、どうか一人で抱え込まないでください。それを話せる場所が、精神科クリニックだと思っています。責められることはありません。

また、ODを繰り返している患者さんには、「手元の薬の量を管理する」こと──たとえば、一度にお渡しする処方量を減らすなど──が有効な介入の一つとして知られています。当院では、状況によって処方量の調整をお願いすることがあります。これは疑っているわけではなく、医学的な安全策としてのご相談です。


「夜の仕事をしながら通える精神科」で、話せることがあります

歌舞伎町でクリニックをしていると、「普通の病院では言えないことを話せる」と言ってくださる方が多いです。夜職であること、家族に言えないこと、お金のこと、住む場所のこと。希死念慮も、そのひとつだと思っています。

当院では、はじめて来院される方には初診で時間をかけてお話を聞くようにしています。「死にたい気持ちがある」とそのままお伝えいただいて大丈夫です。それを聞くために、精神科・メンタルクリニックがあるのだと思っています。

ご予約はLINEまたはウェブから承っています。夜の診療枠もございます。


おわりに──「ずっとこうだった」は、変わることがあります

長年希死念慮を持っていた患者さんが、あるとき「最近あんまり死にたいって思わなくなってきました」と言ってくださることがあります。大げさな変化ではありません。「前は毎日だったけど、今週は2回くらいかな」という感じです。でも、それは確実な変化です。

ずっとそうだったからといって、一生そうだとは限りません。脳は変わります。関係性は変わります。環境は変わります。その可能性に、一緒に挑んでみませんか。それが、治療の入り口だと思っています。

読んでいるあなたが今どんな状態であっても、この記事に辿り着いたことには何か意味があると思います。「話してみようかな」という気持ちが少しでもあれば、ぜひ来ていただければと思います。


参考文献

  1. 厚生労働省「自殺総合対策大綱」(2022年改定). https://www.mhlw.go.jp/content/001076913.pdf
  2. Felitti VJ, et al. “Relationship of childhood abuse and household dysfunction to many of the leading causes of death in adults.” American Journal of Preventive Medicine. 1998;14(4):245-258.
  3. Paris J. “Chronic suicidality among patients with borderline personality disorder.” Psychiatric Services. 2002;53(6):738-742.
  4. FDA. “Antidepressant Use in Children, Adolescents, and Adults.” Black Box Warning update, 2004/2007. U.S. Food and Drug Administration.
  5. Linehan MM, et al. “Two-year randomized controlled trial and follow-up of dialectical behavior therapy vs therapy by experts for suicidal behaviors and borderline personality disorder.” Archives of General Psychiatry. 2006;63(7):757-766.
  6. Murrough JW, et al. “Antidepressant efficacy of ketamine in treatment-resistant major depression: a two-site randomized controlled trial.” American Journal of Psychiatry. 2013;170(10):1134-1142.
  7. Cooper J, et al. “Suicide after deliberate self-harm: a 4-year cohort study.” American Journal of Psychiatry. 2005;162(2):297-303.

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