クリニックからのお知らせ
「ADHDかも?」と思ったとき、まず考えてほしいこと──診断より先に見極めるべき”本当の原因”
「俺、ADHDっぽいんです…」
ある夜、受付が終わりかけた時間に、20代後半の男性が少し申し訳なさそうに診察室に入ってきました。仕事は夜職。「家賃の振り込みを忘れる」「衝動的に余計なことを言って場の空気を壊す」──そういう悩みを持っていました。TikTokで流れてきた「ADHD」というワードから、「もしかしたら自分はそうなんじゃないか」と思い始めたと言っていました。
こういう相談、最近は本当に多くなりました。
SNSやYouTubeの影響もあるのでしょう。ADHDという言葉はかなり一般化していて、「自分もそうかもしれない」と感じている人の数は、実際の有病率(成人で3〜5%程度とされています)よりもはるかに多いような気がします。悩みを持つ人が精神科を受診しやすくなったのは良いことだと思いますし、そうした変化には素直に意味があると思っています。ただ、診察室で向き合っていると、「これは本当にADHDなのか」と立ち止まらなければならない場面が、思ったより多いのも事実です。
今回は、「ADHDかも?」と思って受診する方々を日々診ている立場から、少し整理して書いてみようと思います。
「集中できない」「忘れっぽい」は、ADHD以外でも起きる
最初に少し立ち止まって考えてほしいのですが、「集中できない」「物事が続かない」「衝動的になる」という症状は、ADHDだけで起きるわけではありません。むしろ、精神科の外来でよく見るのは、こうした症状を別の疾患や状態が引き起こしているケースです。
具体的に挙げると、睡眠障害(特に睡眠不足・概日リズム障害)、うつ病、双極症(特にII型)、全般性不安症、そして境界性パーソナリティ症などが代表的です。夜のお仕事をされている方の場合、昼夜逆転した生活リズムや、慢性的な睡眠負債が認知機能や感情制御に影響しているだけ、というケースも少なくありません。
冒頭の男性も、詳しく聞いてみると、仕事終わりに家に帰って眠れない日が続いており、「睡眠が3〜4時間になることも多い」と言っていました。睡眠不足だけで、集中力・作業記憶・衝動制御はかなり低下します。これはADHDの症状と見分けにくい。ひょっとしたら、疾患ではなく「純粋に疲弊している状態」かもしれないと思いながら、もう少し丁寧に話を聞くことにしました。
ADHD診断の「落とし穴」──幼少期からの証拠がないと診断できない理由
ADHDの診断にはDSM-5-TRという基準を使うのですが、その中に「症状のいくつかは幼少期から存在していた」という要件があります。つまり、成人になって初めて「集中できない」と感じ始めた場合、それはADHDではない可能性が高いのです(参考文献1)。
診察で必ず確認するのは、幼稚園・小学校の頃のエピソードです。「授業中じっとしていられなかったか」「忘れ物が多くて先生に何度も叱られたか」「宿題を最後まで終わらせることが難しかったか」──こうした具体的な記憶です。ところが、そういう過去のエピソードが特にない、あるいは「よく考えたら普通だったかもしれない」という方が、外来では多数派です。
一方で、少し気になるのは、自閉スペクトラム症(ASD)の特性を持っているのではないかと感じるケースです。ADHDとASDは併存することもありますが、「こだわりが強い」「特定の状況での会話がかみ合わない」「感覚過敏がある」といった特徴があるときは、ASDを念頭に置いた評価が必要になります。ただ、外来で実際に見ていると、そこまで明確なASD的特徴を持っている人は少なく、むしろ「不安が強いとASDっぽく見える」という現象のほうが多い印象があります。
「本当はうつ病かも?」──ADHD症状に隠れた気分障害を見逃さないために
診察室でひとつ注意しているのが、双極症II型との鑑別です。
双極症のII型は、激しい躁状態はなく、「何となく調子が良くて活動的な時期(軽躁)」と「落ち込んでエネルギーが出ない時期(抑うつ)」を繰り返す病気です。活動的な時期に「衝動的な行動が増える」「アイデアが止まらなくて集中できない」「お金を使いすぎる」といった症状が出ることがあり、これがADHDと非常によく似ています。
双極症にADHDの薬(中枢刺激薬)を使うと、躁状態を誘発するリスクがあります(参考文献2)。このため、気分の波があるかどうかの確認は、ADHD様症状の問診では必ず行うようにしています。「調子がいい時期と悪い時期が繰り返す感じはありますか」「気分が盛り上がって眠れなくなる夜はありますか」──こういった質問で、気分の波の存在を探ります。
うつ病でも同様です。集中力の低下、意欲の減退、物忘れ──うつ状態が続くと認知機能が低下し、ADHDと見分けがつきにくくなります。これを「仮性認知症」に似た現象と表現する研究者もいますが、臨床的にはうつを治療することで認知機能が回復し、「やっぱりADHDではなかった」と確認できることがあります。
「不安が強い人」はADHDに似ている──見逃しやすい不安障害という視点
不安障害(全般性不安障害、社交不安障害など)も、ADHDとよく混同される疾患です。
「頭が常にぐるぐるしている」「やらないといけないことが気になって、別のことに集中できない」「些細なことでドキドキする」──こうした訴えは、不安障害の症状として理解できます。しかし患者さん側から見ると、「集中できない」「ミスが多い」という体験として現れるため、ADHDの症状と重なって見えます。
不安障害に対してADHDの薬を投与しても、不安が増悪するだけで改善しません。むしろSSRIや認知行動療法が主軸になります。こうした理由から、問診では「心配事が頭から離れないことはありますか」「人の目が気になって動けなくなることはありますか」という視点も必ず持つようにしています。
それでも「本当にADHDだった」場合の治療について
ここまで鑑別の話を続けてきましたが、もちろん「問診・経過を丁寧に確認した結果、やはりADHDと判断できる」ケースもあります。幼少期からの不注意・多動のエピソードが明確にあり、現在の生活でも複数の場面(職場でも、プライベートでも)で支障が出ているとき、診断がつくことになります。
日本では現在、ADHDに対して保険診療で使える薬として、メチルフェニデート(コンサータ)、アトモキセチン(ストラテラ)、リスデキサンフェタミン(ビバンセ)、グアンファシン(インチュニブ)の4種類が承認されています。
それぞれ少し性格が異なります。
「どれが一番効くか」という質問をよく受けますが、これは正直なところ、個人差が大きいため一概には言えません。副作用(食欲低下・不眠・心拍数増加など)の出方や、生活パターン(夜型か昼型か)によっても選択が変わります。夜のお仕事の方の場合、コンサータを夜に飲むと睡眠に影響することがあるため、生活リズムに合わせた投薬計画が必要です。
薬物療法と並行して、生活習慣の調整(睡眠の確保、タスク管理のツール導入、セルフモニタリング)や、必要に応じた心理教育も重要です。成人ADHDの治療は薬を出して終わりではなく、生活全体を見直すプロセスだということは、診察の中でいつも伝えるようにしています。
「診断がつかなかった」ことは、悪いことではない
冒頭の男性の話に戻ると、彼は結果的にADHDとは診断しませんでした。睡眠の乱れを整え、仕事のストレスについて少し話せる場を持ち、それだけでかなり楽になったと言っていました。
「ADHDじゃなかった」と聞いてがっかりする方もいます。でも私は、診断名がつかなかったことは悪いことではないと思っています。むしろ、「別の何かが原因で今つらい」という理由が見つかって、そちらにアプローチできるほうが、長い目で見ると助かることが多い。診断名がつくことで安心できる側面もありますが、誤った診断で誤った治療が始まることのほうが、ずっとまずい。
「もしかしてADHDかも」と思って調べたり、悩んだりする時間は無駄ではありません。ただ、自己診断で止まらずに、一度精神科でちゃんと話してみることをお勧めしています。問診の中で、意外なところに本当の原因が見つかることが多いからです。
当院では、幼少期の生育歴・現在の生活環境・気分の波・睡眠状態などを丁寧に確認しながら、ADHD診断の適切な評価を行っています。夜のお仕事をされている方も受診しやすい時間帯に対応しておりますので、気になる方はお気軽にご相談ください。