クリニックからのお知らせ
梅毒の検査が「陰性」になった――でも本当に大丈夫? 検査結果の読み方と落とし穴
「先生、前に梅毒って言われたのに、今日の検査では陰性って出たんですけど……治ったってことですか?」
外来でこういった問いかけをされることは、決して珍しくありません。むしろ最近は増えている印象さえあります。梅毒の検査結果が「突然陰性になった」という経験を持つ方が、歌舞伎町界隈ではかなりいらっしゃる。これは単純に「よかったね」で終わる話ではないことが多いので、少し丁寧に解説しようと思います。
「陰性」=「感染していない」とは限らない ―― 梅毒検査の構造的な問題
まず、梅毒の検査というのは、ウイルス量や菌の数を直接測るものではありません。体内で作られた抗体を測定しています。感染した事実に対して、体が「反応した証拠」を見ているわけです。
使われる検査は大きく二種類あります。
- RPR(またはVDRL):非特異的な脂質抗原に対する抗体を測る。梅毒以外の状態でも陽性になりうる(後述)。治療後に低下・陰性化しやすい。
- TP抗体(TPHA・TPLA・迅速検査TPなど):梅毒トレポネーマ自体に対する特異的な抗体。一度陽性になると、治療後も多くの場合、生涯陽性のまま残る。
この二つの検査の組み合わせで、「今まさに感染している(活動性)」のか「過去に感染して治った既往がある」のかを判断するのが通常のアプローチです。
「突然陰性」になるケース① ―― ウィンドウピリオドという盲点
梅毒に感染してから抗体が産生され、検査で検出できるレベルに達するまでには、一定の時間がかかります。これをウィンドウピリオド(感染から検出可能になるまでの空白期間)と呼びます。
梅毒の場合、RPRはおよそ感染後3〜6週間、TP抗体はそれより少し早いことが多いとされていますが、個人差があります。[1]
つまり、感染直後に検査を受けた場合、本当は感染しているのに「陰性」と出てしまうことがあります。「昨日セックスして心配だから今日検査」という状況では、梅毒の検査結果はほぼ参考になりません。ここは正直に伝えることにしています。
先日も、「不安で翌日に検査した」という方が来院されました。経緯を聞くと、相手に梅毒の既往がある可能性があるとのこと。検査で「陰性」と出ましたが、説明した上で、4〜6週間後に再検査をご提案しました。結果として、その方は後日「陽性」になっていました。ウィンドウピリオドの典型的な例です。
「突然陰性」になるケース② ―― 生物学的偽陽性という現象
逆のパターンもあります。感染していないのに陽性になるケース、これを生物学的偽陽性(BFP: Biological False Positive)といいます。
RPR検査で起きやすく、以下のような状況で偽陽性を示すことがあります。[2]
- 妊娠中
- 自己免疫疾患(SLE、抗リン脂質抗体症候群など)
- ウイルス感染(EBV、HIV、肝炎ウイルスなど)の急性期
- 薬物使用(一部の報告では静注薬物使用者に多い)
- 高齢(加齢に伴う非特異的免疫反応)
こういった場合、「RPRは陽性だがTP抗体は陰性」という組み合わせが出ることがあり、これはむしろ梅毒ではないことを示唆します。RPR単独の陽性結果で梅毒と断定してしまうと、必要のない治療を受けることになります。
既感染者の「陰性」―― 一番誤解が多いのはここです
これが、今日いちばん伝えたいことかもしれません。
梅毒を過去にかかって治療した既往がある場合、TP抗体は治療後も長期間、多くの場合は永続的に陽性のまま残ります。これは治療が不十分だったわけでも、再感染したわけでもなく、「梅毒に感染したことがある体の記憶」のようなものです。[3]
一方でRPRは、治療が成功すれば徐々に低下し、最終的には陰性になる方が多い。ですからRPRが陰性であることは、治療効果の指標になります。
問題は、TP抗体を使った迅速検査(クリニックで多用されているような、ラインが出るやつです)は、既感染者ではずっと陽性のはずなのに、医療機関によっては「陰性」と判定されることがある、という点です。
迅速検査のカットオフ値問題 ―― 「うっすらライン」の正体
迅速検査のTP抗原検査は、ラインの濃さで判定します。でも実際には、既感染者でもTP抗体価が長い年月をかけて低下し、ラインが非常に薄くなっていることがあります。
この「うっすら出ているライン」を、施設や判定者によって「陰性」と読み取ることがあります。特に忙しい外来だと、ラインが薄いと流して陰性にしてしまうことが、ひょっとしたらあるかもしれない。自戒も込めて。
当院では、こうした薄いラインでも「陽性」として判定し、次に何をすべきかを患者さんと一緒に考えるようにしています。なぜなら、TP抗体陽性の既感染者が「陰性」という結果を持って次の医療機関を受診した場合、感染歴が正確に伝わらず、診断が遅れる可能性があるからです。
実際に、「他のクリニックで陰性と言われたので安心していた」という方が当院で再検査した際、RPRが高値だったというケースがありました。いわゆる「再活性化」あるいは「再感染」を見逃していた可能性があります。
患者さん自身が検査結果を読むヒント ―― どう医師に伝えるか
医療の現場では、患者さんが「前の検査で陰性だったから大丈夫」と思い込んでいることで、大切な情報が伝わらないことがあります。以下は、検査結果について医師に聞く・伝えるときのポイントです。
① 「どの検査で陰性でしたか?」を確認する
RPRが陰性なのか、TP抗体が陰性なのかで意味が全く異なります。「梅毒の検査で陰性でした」だけでは情報不足です。可能であれば、前回の検査結果を数値で持参することをお勧めします。
② 梅毒の既往があれば必ず伝える
「昔かかって治療した」という事実は、どんなに昔でも重要です。「もう治ったから関係ない」とは思わないでください。現在の検査の解釈が変わります。
③ 「いつ感染リスクがあったか」を正直に話す
ウィンドウピリオドを考えると、「いつのリスクに対する検査か」は非常に重要です。「先週リスクがあった」なら、今日の陰性は参考になりません。再検査の時期を一緒に決めましょう。
④ 「うっすらラインが出ているが陰性と言われた」は要注意
もしそのような経験があれば、そのまま医師に伝えてください。迅速検査の判定は完全ではなく、追加の定量検査(RPR titer、TPLA定量)が必要な場合があります。
検査のタイミングと再検査の目安
日本性感染症学会のガイドラインでは、梅毒の血清学的診断にはRPRとTP抗体の両方を組み合わせることが推奨されています。[4] また、治療後のフォローアップとして、治療後3・6・12・24ヶ月でのRPR測定が推奨されており、RPRが4倍以上低下することが治療成功の目安とされています。
リスク行為の直後に検査を受けてしまい「陰性だった」という場合、少なくとも6週間後に再度検査することを強くお勧めします。ウィンドウピリオドを越えた時点での結果が、より信頼性の高い判断材料になります。
当院での対応 ―― 「陰性」で終わらせない検査体制
歌舞伎町という地域性もあり、当院では性感染症のリスクが高い方が多く来院されます。そういった背景も踏まえ、梅毒の検査は迅速定性検査だけで終わらせることなく、RPR定量検査とTP抗体定量検査を組み合わせて実施しています。
こうすることで、「過去の感染か、今の感染か」「治療効果はどうか」「再感染の可能性は?」という問いに、より根拠を持って答えることができます。
「検査で陰性だったのにおかしい」「他の病院でよくわからない説明をされた」という方も、ぜひ一度ご相談ください。検査結果を持参していただければ、一緒に読み解くことができます。
まとめ
- 梅毒の検査が「陰性」でも、ウィンドウピリオド中であれば感染を否定できない
- RPRは生物学的偽陽性があり、非感染者でも陽性になることがある
- TP抗体は既感染者では永続的に陽性になるため、「陰性」判定には注意が必要
- 迅速検査のカットオフ付近の「薄いライン」は、読み手によって陽性・陰性が変わりうる
- 検査の種類・時期・既往歴をセットで医師に伝えることが重要
参考文献
- Workowski KA, et al. Sexually Transmitted Infections Treatment Guidelines, 2021. MMWR Recomm Rep. 2021;70(4):1–187. (CDC STI Treatment Guidelines)
- Larsen SA, et al. Laboratory Diagnosis and Interpretation of Tests for Syphilis. Clin Microbiol Rev. 1995;8(1):1–21.
- Romanowski B, et al. Serologic response to treatment of infectious syphilis. Ann Intern Med. 1991;114(12):1005–1009.
- 日本性感染症学会. 性感染症 診断・治療ガイドライン 2020. 性感染症. 2020;31(Suppl).
03-6265-9265