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検査で陽性が出た=感染確定?梅毒・HIV迅速検査の落とし穴

検査で陽性が出た=感染確定?梅毒・HIV迅速検査の落とし穴

検査で陽性が出た=感染確定?梅毒・HIV迅速検査の落とし穴

当院には毎日、様々な患者さんが訪れるます、検査結果を伝える瞬間は、今でも少し緊張します。特に梅毒やHIVの迅速検査で陽性反応が出たときがそうです。

ある日、20代後半の女性が検査結果を聞きに来ました。梅毒のTP抗体検査で陽性反応。「やっぱり…」と呟かれました。

でもそこで私は、すぐに「確定」とは言えません。なぜか。

それは陽性反応が出たからといって、必ずしも「今、感染している」わけではないからです。いや、正確に言うと、「感染しているかもしれないし、していないかもしれない」——そういう状態です。

迅速検査って、そもそも何を見ているの?

患者さんに説明するとき「迅速検査というのは、体の中に病原体と戦った痕跡があるかどうかを見る検査なんです」という説明をよくします

梅毒のTP(Treponema pallidum)抗体検査は、梅毒の病原体に対する抗体です。例えれば、体が梅毒と戦うために作った武器です。HIVやB型肝炎の迅速検査も同じです。

分かりにくいかもしれませんね。身近な例で考えましょう。家に泥棒が入ったかどうかを確かめるのに、「泥棒と戦った形跡」を探しますよね。壊れたドア、散らかった部屋——それらは「何かあった」証拠と言えます。でも、「今、泥棒がいる」証拠ではありませんよね。もう逃げた後かもしれません。もしくは別の原因で散らかっただけかもしれません。

医師と患者の相談風景

「陽性」なのに感染していない——偽陽性の話

先ほどの女性の話です。彼女の検査結果は陽性でした。でも、私は精密検査(RPRやTPLAといった定量検査)を勧めました。

なぜなら、迅速検査には「偽陽性」というものがあるからです。

偽陽性って何?

偽陽性というのは、「実際には感染していないのに、陽性反応が出てしまう」ということです。これは検査の宿命みたいなもので、どんなに優れた検査でも、起こります。

梅毒のTP抗体検査の場合、他の感染症(例えばEBウイルスやマラリアなど)や自己免疫疾患、あるいは妊娠などで、TP抗体と似たような反応を示す物質が体内に現れることがあります。すると検査は「陽性」と判定してしまいます。

実際、日本性感染症学会のガイドラインでも、TP抗体単独での診断は推奨されておらず、必ずRPR(非特異的脂質抗原検査)と組み合わせて判断することが求められています1

臨床からのアドバイス: 迅速検査で陽性が出ても、すぐに「確定」と考えず、必ず精密検査を受けてください。特に梅毒は治療歴の有無も診断に影響するため、医師との詳しい相談が不可欠です。

もっと厄介な「偽陰性」——感染しているのに陰性?

ある夜、「先週検査したら陰性だったんですけど、やっぱり心配で」とのこと。彼はナイトワーカーで、リスクの高い性行為から3日後に検査を受けていました。

「もう一度、2週間後に来てください」と伝えました。

これが「ウィンドウピリオド」の問題です。

ウィンドウピリオドって何?

ウィンドウピリオドとは、感染してから検査で陽性になるまでの期間のことです。この期間中は、実際には感染しているのに、検査では陰性と出てしまいます

梅毒の場合、感染してから抗体ができるまでに通常3〜4週間かかります。つまり、感染直後に検査しても感染してても「陰性」と出てしまいます。これが「偽陰性」だ。

HIVはもっと長くて、第4世代の検査(抗原抗体同時検査)でも2〜4週間、従来の抗体検査だと3ヶ月程度のウィンドウピリオドがあります2。B型肝炎(HBs抗原)も同様に、感染初期には検出されないことがあります。

CDCのガイドラインでは、リスク行為後の適切な検査時期として、梅毒は3〜4週間後、HIVは4週間後(第4世代検査の場合)を推奨されています3

診察室で実際に起きていること

先ほどの女性の話に戻りましょう。精密検査の結果、彼女のRPRは陰性でした。つまり、TP抗体は陽性だけど、RPRは陰性——これは「過去に梅毒に感染したことがあるが、現在は治癒している」状態です。

5年前に一度梅毒の治療を受けていました。TP抗体は一度できると、治療後も長期間、時には一生残ることがあります。だから陽性反応が出るのです。

「じゃあ、私は今、大丈夫なんですか?」彼女の表情が少し明るくなった。

「RPRが陰性なので、今は活動性の感染はないと考えられます。ただし念のため、定期的なフォローアップは必要ですね」とお伝えします。

このケースは典型的な「血清学的瘢痕(serocar)」と呼ばれる状態で、治療済みだが抗体が残っている——つまり、検査陽性でも治療不要というケースです1

じゃあ、迅速検査で陽性が出たらどうすればいいの?

これは患者さんから最もよく聞かれる質問ですね。

必ず精密検査(定量検査)を受けてください。

梅毒なら、TP抗体に加えてRPRやTPLAの定量検査。HIVなら、迅速検査陽性後に抗体確認検査、ウエスタンブロット法やNAT(核酸増幅検査)による確認検査。B型肝炎なら、HBs抗原の定量やHBV-DNAの測定。

これらの精密検査によって初めて、「本当に今、感染しているのか」「治療が必要なのか」が分かります。

すぐに治療を始めるべきか、待つべきか

ここが問題です。誰だって、「陽性なら今すぐ治療してほしい」と思うでしょう。

でも、ちょっと待ってほしいのです。

確定診断前の治療——そのメリットとデメリット

梅毒の場合、ペニシリン系抗菌薬(例えばアモキシシリンやベンジルペニシリン)が第一選択薬です。日本性感染症学会のガイドラインでは、早期梅毒に対してはアモキシシリン1500mg/日を4週間投与することが推奨されています1

確かに、迅速検査で陽性が出た時点で治療を始めれば、万が一本当に感染していた場合、早期に対処できます。特に症状がある場合や、性的パートナーが確定診断を受けている場合は、その時点で治療してもいいでしょう。

しかし、デメリットもあります。

まず、偽陽性だった場合、不必要な薬を飲むことになります。抗菌薬には副作用のリスクがあるし、耐性菌の問題もあります。

さらに、治療を始めてしまうと、後から精密検査をしても、正確な診断ができなくなる可能性があります。特にRPRは治療によって急速に低下するため、「本当に治療が必要だったのか」が分からなくなってしまうのです。

当院での方針: 基本的には、迅速検査陽性後すぐに精密検査を行い、結果を待ってから治療方針を決定します。ただし、症状がある場合や、感染リスクが非常に高いと判断される場合は、患者さんと相談の上、推定診断での治療開始も検討します。海外のガイドラインでも、疫学的リンクが明確な場合の推定治療(presumptive treatment)は認められています4

HIVの場合はどうか?

当院では、HIVの迅速検査で陽性が出たケースもあります。これは患者さんにとって、人生が変わるほどの衝撃です。

HIVの場合、迅速検査陽性後、必ず確認検査(ウエスタンブロット法またはNAT)を行うことが、厚生労働省のガイドラインで定められています2

なぜなら、HIVの迅速検査も偽陽性があるからです。特異度(陰性を正しく陰性と判定する能力)は99%以上と高いが、それでも1000人に数人は偽陽性が出るといわれています。

実際、私が経験したケースでも、迅速検査陽性→確認検査陰性だった患者さんが何人かいました。もし確認検査なしで「HIV陽性」と伝えていたら、その人の人生にどれだけの影響を与えていたか…。

だからこそ、HIVの場合は確認検査の結果が出るまで、絶対に「確定」とは言わない。これが鉄則です。

もし本当にHIV陽性だったら?

確認検査で本当にHIV陽性と確定した場合、今は治療法が大きく進歩しています。抗レトロウイルス療法(ART)を早期に開始すれば、ウイルス量を検出限界以下に抑え、ほぼ通常の寿命を全うできます5

当院では、HIV陽性が確定した患者さんには、速やかに専門医療機関への紹介を行っています。

患者さんの不安にどう向き合うか

検査結果を待つ間、患者さんは大きな不安を抱えます。「陽性だったらどうしよう」「人生終わりだ」

性感染症の検査や治療は、決して恥ずかしいことではありません。自分の体を大切にする、責任ある行動だと思っています。

結局、何が一番大切か

迅速検査の陽性=感染確定、ではありません。

偽陽性もあるし、逆に陰性でも偽陰性(ウィンドウピリオド)の可能性もあります。だから、

  1. 適切な時期に検査を受ける(リスク行為から十分な期間をおいて)
  2. 陽性が出たら、必ず精密検査を受ける
  3. 確定診断がつくまで、過度に心配しすぎない(でも油断もしない)
  4. 確定したら、速やかに適切な治療を受ける

皆さんには是非、この4つを守ってほしいのです。

当院では、迅速検査から精密検査、治療まで、ワンストップで対応しております、検査と治療の間に隙間があると、患者さんが不安な時間を長く過ごすことになるし、治療のタイミングを逃すこともあるからです。

夜間も診療しているので、お仕事が終わってからでも気軽に来てほしいです。。

参考文献

  1. 日本性感染症学会. 性感染症 診断・治療 ガイドライン 2020. 日本性感染症学会誌. 2020;31(1 Suppl):1-126.
  2. 厚生労働省エイズ動向委員会. 抗HIV治療ガイドライン. 2023年版.
  3. Centers for Disease Control and Prevention. Sexually Transmitted Infections Treatment Guidelines, 2021. MMWR Recomm Rep. 2021;70(4):1-187.
  4. World Health Organization. WHO guidelines for the treatment of Treponema pallidum (syphilis). Geneva: WHO; 2016.
  5. INSIGHT START Study Group. Initiation of Antiretroviral Therapy in Early Asymptomatic HIV Infection. N Engl J Med. 2015;373(9):795-807. doi:10.1056/NEJMoa1506816
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