クリニックからのお知らせ
淋菌もクラミジアも陰性なのに治らない——その症状、マイコプラズマかもしれません
「淋菌もクラミジアも陰性なのに、症状が続く」——この状況、実は思っているより頻繁に診察室で遭遇します。
最近、ナイトワークをしている方や、パートナーが複数いる方がよくこう聞いてきます。「先生、マイコプラズマって検査してもらえますか?」というような感じです。以前は「え、そんな菌知ってるの?」と正直驚いていたんですが、最近はそういう方が増えてきました。だからこそ、正確な知識をお届けするためにこれについて書くことにしました。
「クラミジアじゃないのに治らない」——その症状、マイコプラズマかもしれません
尿道炎の症状——おしっこするときの痛み、尿道のムズムズ感、少量の分泌物——がなかなか治まらない。そういう患者さんを診るとき、私は頭の中で「淋菌・クラミジア・トリコモナスを否定した後に何が残るか」を考えます。
その「残るもの」の代表格が、マイコプラズマ・ジェニタリウム(Mycoplasma genitalium、以下Mg)とウレアプラズマです。
Mgはもともと1981年に発見された比較的新しい病原体です。長らく「性感染症の原因かもしれない菌」という扱いでした。ところがここ10〜15年で研究が急速に進み、現在では非淋菌性尿道炎(NGU)、子宮頸管炎、骨盤内炎症性疾患(PID)の重要な原因菌として位置づけられています[1]。日本性感染症学会のガイドライン(2023年版)でも、Mgは「重要な性感染症起炎菌」として明確に記載されています[2]。
マイコプラズマって、そもそも何者?——細菌でもウイルスでもない、不思議な微生物
少し基本の話をさせてください。
マイコプラズマは細菌の一種ですが、細胞壁を持たないという特殊な構造をしています。これが後述する「治療の難しさ」に繋がります。なぜなら、ペニシリン系やセフェム系(セファロスポリン系)と言った一般的な抗生物質は細胞壁を壊すことで効くのですが、細胞壁がないMgにはそもそも効かないのです。
性感染症に関わるマイコプラズマ属・ウレアプラズマ属の主なものは下記です:
- Mycoplasma genitalium(マイコプラズマ・ジェニタリウム):性感染症との関連が最も明確。
- Mycoplasma hominis(マイコプラズマ・ホミニス):健常者の膣にも存在し、病原性の評価が難しい。
- Ureaplasma urealyticum / Ureaplasma parvum(ウレアプラズマ):NGUの原因になり得るが、常在菌としての側面も強く、エビデンスが複雑。
この中で、臨床的に最も問題になるのはMgです。ウレアプラズマについては後ほど詳しく触れます。
どんな症状が出るの?——感染部位によって全然違います
Mgが引き起こす症状は感染した場所によって異なります。
男性の場合(尿道炎)
尿道の違和感、軽度の痛み、少量の白っぽい・透明な分泌物——淋菌のような「ドバっとした膿」とは違い、症状が軽めで見逃されやすいです。「なんか微妙にムズムズするけど、まあいいか」と放置されることが多い印象です。
女性の場合(子宮頸管炎・膣炎)
おりもの(帯下)の変化、下腹部の鈍痛、性行為時の違和感があります。ただし、感染していても無症状のことが多いのがやっかいです。気づかないまま感染を広げてしまうケースが多々あります。
帯下というのは、いわゆるおりもののことを言います。膣から分泌される液体のことで、健康な時は透明〜白っぽいサラサラした状態ですが、感染があると色が変わったり、量が増えたり、においが変わったりします。痰に似たようなものだとイメージすると分かりやすいかもしれませんね。
咽頭(のど)の感染
オーラルセックスによってのどにも感染します。ほとんど無症状ですが、感染源になり得ます。これが意外と見落とされやすいのです。
「淋菌もクラミジアも陰性」なのに症状が続く——そのとき、医師が考えること
当院に来院される方の中で、こんなパターンがよくあります。
20代のナイトワーカーの方です。「他のクリニックで淋菌・クラミジアを検査したら陰性だったが、尿道の違和感がずっと続く」との訴えで来院されました。症状は1ヶ月近く続いているとのことです。抗生物質をもらったが(おそらくアジスロマイシン単回投与)、良くなっていないと。こういう場合、私がまず疑うのはMgです。アジスロマイシン耐性のMgが増えており、むしろその治療が不十分だった可能性があります。
淋菌・クラミジア・トリコモナスを否定した後も症状が残る非淋菌性尿道炎(NGU)では、MgとUreaplasmaが主な鑑別になります。ただし現実的な問題として、Mgの検査は保険適用外・自費であり(当院では実施可能です)、検査せずに経験的治療といって、やむを得ずあたりがついた時点で治療を行う施設が多いのが現状です。
放っておくと、どうなるの?——軽く見ていると後悔するリスク
「症状が軽いし、まあいいか」と思いがちですが、Mgを放置することにはリスクがあります。
- 女性:骨盤内炎症性疾患(PID)→ 不妊・慢性骨盤痛のリスク
Mgはクラミジアと同様に、子宮頸管から上行感染を起こし、子宮・卵管・骨盤腹膜に炎症を引き起こすことがあります。卵管性不妊や異所性妊娠(子宮外妊娠)のリスク因子になり得ることが複数の研究で示されています[3]。 - 男性:精巣上体炎(副睾丸炎)
尿道炎が進行すると精巣上体への感染が起こる場合があります。これは強い痛みと腫れを伴い、不妊の原因にもなり得ます。 - パートナーへの感染伝播
症状が軽くても、性行為を通じてパートナーへ感染を広げてしまいます。
特に女性は無症状のまま経過することが多いため、「症状がないから大丈夫」は通用しません。
治療薬は何を使う?——「ビブラマイシンで大丈夫?」という疑問に答えます
Mgの治療で重要なのは、先ほど述べた「細胞壁がない」という点。そのためペニシリン系・セフェム系は効きません。有効なのは以下のクラスです:
- テトラサイクリン系(ドキシサイクリン=ビブラマイシン):NGUの第一選択として広く使われますが、Mg単独に対する除菌率はそれほど高くなく、症状の改善・抑制目的で使われることが多い印象です[1]。
- マクロライド系(アジスロマイシン):以前はMgに対する第一選択でしたが、日本を含む世界中でアジスロマイシン耐性Mgが急増しており、単回投与では不十分なことが多くなっています[4]。
- ニューキノロン系(シタフロキサシン、モキシフロキサシン):現在のガイドラインで推奨度が上がっています。特にシタフロキサシン(グレースビット)は日本で使いやすい選択肢です[2]。
整理すると、現在の日本性感染症学会ガイドラインおよびEuropean STI Guidelines(IUSTI)では、Mg感染症に対してシタフロキサシンやモキシフロキサシンが推奨されています[2][5]。ただし、実際の治療選択は耐性状況や患者背景によって変わります。
耐性菌の問題——「効かない菌」が静かに増えています
これは、臨床医として本当に懸念しているポイントです。
アジスロマイシン耐性Mgは、日本でも確実に増加しています。ある研究では、日本におけるMg陽性例のうち50〜60%以上がマクロライド耐性変異を持つと報告されています[4]。
さらに懸念されるのは、ニューキノロン耐性Mgも出現してきていること。これが「multidrug-resistant Mg(多剤耐性マイコプラズマ)」として問題になっています。現時点で治療選択肢が限られており、国際的な研究グループがプリスチナマイシン(日本未承認)など代替薬の可能性を探っている段階です[5]。
「とりあえず抗生物質もらって飲んだ」という不完全治療の繰り返しが耐性を生む背景にあります。これは患者さんの責任というよりも、検査体制の問題でもあります。だからこそ、きちんと検査して確認し、適切な薬で十分な期間治療することが重要なのです。
ウレアプラズマ——「病原体なのか、常在菌なのか」という難しい問題
Mgと一緒に話題になるのがウレアプラズマです。ここは正直に言います——エビデンスがまだ不十分でよく分かっていません。
ウレアプラズマ(U. urealyticumおよびU. parvum)は、健常な成人の尿道・膣に常在していることがあります。つまり「検査で陽性」イコール「治療が必要な感染症」とは言い切れないのです。
ただし、以下のような状況では病原性が示唆されます:
- 淋菌・クラミジア・Mgが否定された非淋菌性尿道炎
- 男性不妊(精子運動率の低下との関連を示す報告あり)
- 早産リスク(妊婦における子宮内感染)
現時点では、「症状があり、他の原因が否定された場合は治療を考慮する」というのが妥当な判断です。ただし、無症状の方に対してルーティンで検査・治療をすべきかどうかは考えに寄ります[1]。
当院では、患者さんの状況(症状・パートナーとの関係・妊娠の希望など)を総合的に判断した上で、検査・治療のご提案をしています。「陽性だから全員治療」でもなく、「陽性でも常在菌だから放置」でもない、その中間の丁寧な判断が求められます。
当院での検査・治療について——自費だからこそできる、丁寧な対応
MgとウレアプラズマのNAAT(核酸増幅検査)は、現時点では保険適用がありません(一部例外を除く)。そのため、多くのクリニックでは「検査できない」または「淋菌・クラミジア陰性なら経過観察」という対応になりがちです。
また、「症状があるのに検査に時間がかかる」という状況はつらいものです。臨床的に強くMgが疑われる場合には、検査結果を待たずに経験的治療を開始し、結果が出てから治療方針を調整するアプローチも取っています。症状で苦しんでいる時間をなるべく短くしたい、というのが当院の考え方です。
「なんとなく症状が続いている」「他院で検査したけど陰性だった」「パートナーが感染していると言われた」——そういった方は、ぜひ一度ご相談ください。
まとめ——「症状が続く」なら、Mgを疑う選択肢を持ってください
- マイコプラズマ・ジェニタリウムは、淋菌・クラミジアに次ぐ重要な性感染症起炎菌です。
- 症状が軽い・または無症状でも、放置すると不妊や骨盤内炎症などにつながるリスクがあります。
- アジスロマイシン耐性菌が増えており、治療薬の選択には注意が必要です。
- ウレアプラズマについては、症状・状況によって個別判断が必要です。
- 保険診療では検査できないことが多いため、自費クリニックでの検査が現実的な選択肢になります。
「なんとなく気になっている」という段階で来てもらえると、こちらとしても早めに対処できます。迷ったら、ぜひ相談してください。
参考文献
- Workowski KA, et al. Sexually Transmitted Infections Treatment Guidelines, 2021. MMWR Recomm Rep. 2021;70(4):1-187. CDC STI Treatment Guidelines.
- 日本性感染症学会. 性感染症 診断・治療ガイドライン 2023. 日本性感染症学会誌. 2023.
- Lis R, et al. Mycoplasma genitalium infection and female reproductive tract disease: a meta-analysis. Clin Infect Dis. 2015;61(3):418-426. doi:10.1093/cid/civ312
- Ito S, et al. Prevalence of Mycoplasma genitalium with macrolide resistance-associated mutations in Japan. J Infect Chemother. 2022;28(3):316-320. doi:10.1016/j.jiac.2021.11.009
- Jensen JS, et al. 2021 European guideline on the management of Mycoplasma genitalium infections. J Eur Acad Dermatol Venereol. 2022;36(5):641-650. doi:10.1111/jdv.17972
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