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生理前になると人が変わると言われる——それ、我慢するしかないと思っていませんか
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「生理前にイライラする」いわゆるPMS…当院は女性の患者さんの割合がやや多めなのでPMS(PMDD)の患者さんが多く通院しておられます。今日はこれについてお話しようと思います。
生理前になると毎回同じように気分が沈んだり、些細なことでイライラが抑えられなくなったりする。仕方ないとあきらめている方多いのでは?また精神科を受診すべきか、産婦人科を受診すべきか悩んでいる方も多いのではないでしょうか? またそれは、体質でも性格でもなく、治療によって変えられる可能性のある症状かもしれません。今日は、PMS(月経前症候群)・PMDD(月経前不快気分障害)の治療について、薬の使い方から漢方薬の選び方まで私なりに解説しようと思います。
「生理前だから」で片づけていいのか——PMSとPMDDという物差し
月経前になると、身体的にも精神的にもさまざまな不調が出ること自体は、多くの女性が経験することです。これがPMS(premenstrual syndrome、月経前症候群)と呼ばれる状態です。ただ、その中でもイライラ・気分の落ち込み・不安といった精神症状が特に強く、仕事や家庭生活に明らかな支障が出るレベルまでいくものを、PMDD(premenstrual dysphoric disorder、月経前不快気分障害)として区別します。
PMDDというのが精神科において治療対象となるものです。しかし、大事なのは「これはPMSだから様子を見るべき」「これはPMDDだから治療すべき」と線引きすることではなく、精神的に不調を感じ、繰り返し・周期的に生活が立ち行かなくなるほどなら、まず精神科に相談してみてよいということです。
薬で本当に良くなるのか——SSRI・SNRIという選択肢
PMDDの薬物療法としてまず検討されるのが、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)です。具体的には、セルトラリンやエスシタロプラムといったSSRI、ベンラファキシンというSNRIが、改善をもたらすことが多い薬として知られています。
効果を裏づけるデータもあります。ベンラファキシンを1日50〜200mg投与した試験では、症状スコアが半分以下に減少した患者の割合が、ベンラファキシン群で60%、プラセボ群で35%でした(Freeman EW, et al. Obstet Gynecol. 2001)。うつ病の治療でSSRI・SNRIが効果を発揮するまでに数週間かかることが多いのに対し、PMDDでは服薬を始めた最初の周期から改善を感じる方が少なくない、という印象も臨床の中で持っています。
なぜ「気分の病気」に使う薬が、月経前の不調にも効くのか。不思議に思う方もいるかもしれません。ここには、これから説明するホルモンと脳の関係が深く関わっているのですが、その前に、もう一つ知っておいてほしいことがあります。それは「飲み方」です。
毎日飲むべきか、生理前だけでいいのか——飲み方は一つじゃない
うつ病や不安症の治療では、SSRI・SNRIは基本的に毎日一定量を飲み続けます。ところがPMDDの治療では、これに加えてもう一つの飲み方が選択肢になります。「黄体期投与」と呼ばれる方法で、排卵後から月経が始まって数日経つまでの、症状が出やすい期間だけに絞って服薬するというものです。
これはPMDDという病気の性質——症状が周期的にしか出ない——を踏まえた、いわば「症状が出る時期を狙い撃ちする」飲み方です。たとえば、月経周期がだいたい安定している方であれば、次の月経開始予定日のおよそ2週間前から服用を始め、月経が始まって数日経ったところで一旦終了する、というような形になります(具体的な開始・終了のタイミングや用量は、周期の長さや症状の出方によって個別に調整するべきものなので、必ず主治医と相談しながら決めてください)。
「毎日飲み続けるのと、生理前だけ飲むのとでは、どちらがよく効くのですか」と聞かれることもよくあります。セルトラリンを用いた比較試験では、月経周期を通じて毎日服用した群と、症状の出やすい時期に限定して服用した群のあいだで、改善効果にはっきりとした差は見られませんでした。ただし、いずれの服薬群もプラセボ群より有意に改善していました(Freeman EW, et al. Am J Psychiatry. 2004)。つまり、どちらの飲み方でも効果は十分に期待できるということです。だからこそ、「毎日飲み続けることに抵抗がある」という方には黄体期投与を、「その都度飲むタイミングを気にするのが煩わしい」という方には継続投与を、というように、生活スタイルや性格に合わせて選べる余地があるのが、この治療の特徴です。
似ているようで違う——マタニティブルーズ・産後うつとの混同
ここで少し話がそれるようですが、診察の中でPMS・PMDDの話をしていると、「それって、産後の落ち込みと同じですか」と聞かれることがあります。ホルモンの変化に伴って気分が不安定になる、という共通点があるために混同されやすいのですが、実際には異なるものです。
PMS・PMDDは月経周期に伴って繰り返し出現し、月経が始まると軽快していくという周期性が特徴です。一方、マタニティブルーズは出産後数日以内に出現し、多くは1〜2週間程度で自然に軽快する一過性の不調です。これに対して産後うつは、出産後数週間から3か月以内に発症することが多く、治療をしなければより長期間にわたって症状が持続しうる、専門的な治療を要する状態です。「生理前のイライラ」も「産後の落ち込み」も、根っこには女性ホルモンの急激な変動があるという意味では地続きなのですが、周期的に繰り返すのか、出産という一回きりの出来事の後に起こるのかという時間軸の違いが、両者を分ける大きなポイントになります。
なぜ生理前だけ、こんなに辛くなるのか——ALLOという物質の話
ここまで治療の話をしてきましたが、そもそもなぜ生理前だけ、これほど気分が揺さぶられるのでしょうか。近年注目されているのが、ALLO(アロプレグナノロン)という物質です。これは女性ホルモンの一種であるプロゲステロンが体内で代謝されてできる神経ステロイドで、脳内のGABA-A受容体という、気持ちを落ち着かせる方向に働く受容体に作用することが分かっています。
月経周期に伴うアロプレグナノロン濃度の急激な低下が、GABA-A受容体の感受性を変化させ、抑制性の神経伝達がうまく働かなくなることで、神経の興奮性が高まり、PMDDの症状として現れると考えられています(Gao Q, et al. Front Psychiatry. 2023)。興味深いのは、これが単純に「ホルモンの量が多い・少ない」という問題ではなく、ホルモンの変動そのものに対する脳の感受性の問題らしい、という点です。同じように月経周期を経験していても、この変動に敏感に反応してしまう人と、そうでない人がいる——そう考えると、「なぜ自分だけこんなに辛いのか」と感じてきた方の実感にも、一つの説明がつくように思います(この分野の研究はまだ発展途上であり、今後の知見の蓄積によって理解が更新されていく可能性があります)。
漢方薬という、もう一つの選択肢——当帰芍薬散・桂枝茯苓丸・加味逍遙散
SSRI・SNRIには抵抗がある、あるいは薬を併用しながら体質そのものにも働きかけたい、という方には、漢方薬も選択肢になります。婦人科系の不調によく用いられる代表的な3つの処方、当帰芍薬散・桂枝茯苓丸・加味逍遙散は、同じ「月経前の不調」を対象にしていても、その人の体質(いわゆる「証」)によって向き不向きがあります。
当帰芍薬散は、体力があまりなく、冷えやすく、むくみが出やすいという、比較的虚弱な体質(虚証)の方に向くとされています。桂枝茯苓丸は逆に、体力があり、のぼせと冷えが混在していたり、月経量が多かったりする、比較的体力のある体質(実証)の方に用いられることが多い処方です。そして加味逍遙散は、この中間にあたる体質で、イライラ・不安・気分の浮き沈みといった精神的な症状が前面に出ているタイプに向く、とされています。
「自分がどのタイプに当てはまるのか、自己判断で決めるのは難しい」と感じる方が多いと思いますが、それは当然のことです。体質の見立ては、脈や舌の状態、これまでの症状の経過などを踏まえて行うものなので、自己判断で市販の漢方薬を選ぶより、医師や薬剤師と相談しながら選ぶことをおすすめしています。
「仕方ない」で終わらせなくていい
ここまで、SSRI・SNRIによる薬物療法、その飲み方の工夫、そして漢方薬という選択肢について見てきました。共通して伝えたいのは、生理前の不調は「性格の問題」でも「我慢すべきもの」でもなく、いくつもの角度からアプローチできる治療対象だということです。
毎日薬を飲み続けるのがいいのか、生理前だけに絞るのがいいのか、あるいは漢方薬から試してみるのがいいのか——正解は一つではなく、症状の出方や生活スタイル、体質によって変わってきます。まずは自分の周期と不調のパターンを振り返ってみて、それでも「これは仕方ないことでは済まされないかもしれない」と感じたら、一度相談にいらしてください。当院でも、症状の周期性や生活への影響を丁寧に伺いながら、薬物療法・漢方どちらの選択肢も含めて、一緒に治療の形を考えていきたいと思っています。
参考文献
- Freeman EW, Rickels K, Yonkers KA, Kunz NR, McPherson M, Upton GV. Venlafaxine in the treatment of premenstrual dysphoric disorder. Obstet Gynecol. 2001;98(5 Pt 1):737-744.
- Freeman EW, Rickels K, Sondheimer SJ, Polansky M, Xiao S. Continuous or intermittent dosing with sertraline for patients with severe premenstrual syndrome or premenstrual dysphoric disorder. Am J Psychiatry. 2004;161(2):343-351.
- Gao Q, Sun W, Wang YR, et al. Role of allopregnanolone-mediated γ-aminobutyric acid A receptor sensitivity in the pathogenesis of premenstrual dysphoric disorder: toward precise targets for translational medicine and drug development. Front Psychiatry. 2023;14:1140796.
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