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精神科の診断、なぜ医師によって変わるの? 同じ症状でも違う病名がつく理由

「前の病院では適応障害と言われたのに、先生はうつ病というんですか?」
「転院したら、突然パーソナリティ障害と診断されて……どっちが正しいんでしょう」
こういった言葉を、外来でよく聞きます。戸惑うのは当然です。内科であれば血液検査の値は誰が測っても同じですし、骨折はレントゲンを見れば一目瞭然です。ところが精神科の診断は、そうはいきません。数値ではなく「見えないもの」を対象にしているからです。
ひょっとしたら、この記事を読んでいる方の中にも、複数のクリニックで違う診断名を告げられ、「どこに行けばいいのか」「自分の病気はいったい何なのか」と途方に暮れている方がいらっしゃるかもしれません。今日は、精神科の診断がなぜ「ぶれる」のか、その構造をできるだけ率直にお話しようと思います。
精神科の診断は「測る」のではなく「見立てる」もの
精神科の診断の基準として、世界的に広く使われているのがDSM(米国精神医学会の診断統計マニュアル)やICD(世界保健機関の国際疾病分類)という診断基準集です。これらは「〇〇という症状が〇個以上、〇週間以上続けばこの診断とする」という形で、ある程度の標準化することを目指しています。
ただ、基準があっても、それを「どのようにあてはめ、採用するか」は最終的に人間である医師です。問診のなかで患者さんがどういう言葉を使うか、どこに重きを置いて語るか、そして医師がどんな問いを立てるか——これらが診断に影響します。
複数の研究者によるメタ分析では、精神科診断における医師間の一致率(κ係数)は、不安障害で0.65、気分障害で0.73、パーソナリティ障害で0.65前後と報告されており[1]、これは「おおむね一致するが、完全ではない」水準です。同じ患者さんを別々の医師が診ても、診断が一致しないことが統計的にも示されているわけです。
これは医師の「腕の差」というよりは、精神医学という領域そのものの性質によるところが大きいと私は感じています。
不安障害とうつ病、どちらが「主役」なのか問題

ある30代の女性が外来に来られたとき、ご本人の訴えは「眠れない、仕事が怖い、外に出るのがつらい」でした。前のクリニックでは「社交不安障害」と診断されていましたが、詳しく聞くと、気力の低下・喜びの消失・希死念慮の訴えも出てきました。私はその時点でうつ病エピソードが併存していると判断し、主診断をうつ病に変更しました。
これはおかしなことではありません。全般性不安障害(GAD)を持つ人の約8割が、生涯のある時点で気分障害を合併するとNational Comorbidity Study(米国の大規模疫学調査)は報告しています[2]。不安障害と気分障害は、もともと「重なりやすい」疾患群なのです。
ではどちらが「主診断」になるかというと、これは医師の判断によって分かれます。初診時に不安症状が前面に出ていれば不安障害という診断がつくでしょうし、抑うつ症状が目立てばうつ病がつく。同じ患者さんでも、どの時点で・どの医師が診るかによって診断名が変わりうるわけです。
どちらが「正しい」かというよりも、両方存在するという視点で治療を組み立てることが重要です。当院では初診時に時間をかけて、不安症状と気分症状の両方を丁寧に聞き取るようにしています。
パーソナリティ障害がベースにあると、診断は複雑になる
かつてDSM-Ⅳでは「多軸診断」という方式が採用されていました。第Ⅰ軸に臨床症状(うつ病、統合失調症など)、第Ⅱ軸にパーソナリティ障害や知的障害を記載するというものです。この方式は現行のDSM-5では廃止されましたが、考え方としては今も有用だと思っています。
たとえば、境界性パーソナリティ障害(BPD)を持つ方は、感情の波が激しく、対人関係が不安定で、自傷行為や衝動性が出やすいという特徴があります。こういった方が「気分が落ちた」と受診した場合、うつ病と診断されることもあれば、パーソナリティ障害の文脈で理解されることもある。どちらの視点で診るかによって、治療の方向性が変わります。
ある男性患者さんの例です。20代後半から複数のクリニックを転々とし、うつ病・双極性障害・適応障害と次々に診断名が変わっていました。当院で初めてお会いしたとき、詳細な生活歴・人間関係の歴史を聞くにつれ、感情調節の困難が幼少期から一貫して存在し、愛着の問題が色濃くあることに気づきました。治療の軸足をパーソナリティの問題に置き直したことで、やや長期的ではありましたが、安定してきた経緯があります。
パーソナリティ障害は「症状の波」ではなく「生き方のパターン」に近いものです。これが前景に出てくると、Ⅰ軸の診断(うつ病など)だけでは説明がつかなくなり、診断名が揺らぎやすくなります。
双極性障害はなぜ最初わからないのか

精神科の診断変更として、もっとも頻繁に経験するのが「うつ病から双極性障害へ」という変更です。
双極性障害は、「うつ状態」と「躁状態(または軽躁状態)」が繰り返す病気です。ところが多くの場合、最初に現れるのはうつ相です。気力がなく、眠れず、何も楽しめない——これだけ見ればうつ病とまったく区別がつきません。
複数の研究によると、双極性障害の正確な診断がつくまでに平均5〜10年の遅延があり、それまでの間に誤った診断(多くはうつ病)を受けていたと報告されています[3][4]。特に双極Ⅱ型(軽躁エピソードが主体)では、10年以上診断がつかないケースも珍しくありません[5]。
では、どうすれば気づけるのでしょうか。
ひとつの大きな手がかりは「抗うつ薬への反応」です。うつ病であれば抗うつ薬が効果を示すことが多いのですが、双極性障害では抗うつ薬だけを使うと、躁転(気分が急に高揚する)を誘発したり、気分が不安定になったりすることがあります。「薬を飲み始めたら急にハイになった」「頭が冴え渡って眠れなくなった」という変化を患者さんが話してくれることが、診断の見直しの入口になることが多いです。
もうひとつは「縦断的な観察」です。1回の診察ではわからなくても、数ヶ月・数年単位で経過を追うことで、波のパターンが見えてきます。また、気分安定薬(リチウムやバルプロ酸など)に反応が良かった場合も、双極性障害の可能性を示唆するひとつの根拠になります。
「前の先生にはうつ病と言われていたのに」と驚かれる方もいますが、これは前の先生が間違えたというよりも、「その時点では双極性障害の証拠となる躁エピソードが出ていなかった」ということが多いのです。後から情報が出そろって、初めて正確な診断がつく——それが精神科診断のリアルです。
「診断が変わった」は、むしろ良いことかもしれない
診断が変わると、患者さんは不安になります。「どれが本当の病名なのか」「ずっと間違った薬を飲んでいたのか」と、当然の疑問を持たれます。
しかし視点を変えると、診断の更新は「より精度の高い治療に近づいていくプロセス」でもあります。一度の問診でその方の人生全体を把握するのは不可能ですし、病気そのものが時間とともに姿を変えることもあります。
大切なのは、「今の診断はこういう根拠でついている」「もし新しい情報が出てきたら、見直す可能性がある」ということを医師が正直に説明できているかどうかだと思います。診断はゴールではなく、治療の地図を描くための仮説です。
当院では、診断名をつける際には必ずその根拠と限界をお話するようにしています。「今この時点では〇〇と考えていますが、経過によっては見直すことがある」という姿勢を最初から共有することで、患者さんにとっても診断変更が「裏切り」ではなく「アップデート」として受け取っていただけることが多いように感じます。
診断に迷ったら、長く診てくれる医師を探してほしい
精神科の診断が難しい最大の理由のひとつは、「時間」が必要だということです。症状は受診時の一点ではなく、その人の人生の文脈のなかにあります。幼少期の環境、対人関係の歴史、薬への反応、季節による気分の変動——これらが積み重なって、初めて全体像が見えてきます。
複数のクリニックを転々とすると、その「縦断的な観察」が蓄積されません。どこへ行っても初診からのスタートになり、表面的な症状だけで診断がつくことになります。
新宿という土地柄、当院にも転院を繰り返してこられた方が多くいらっしゃいます。「いくつか受診したが、しっくり来なかった」「診断がころころ変わって、自分の病気が何なのかわからない」——そういった方に、時間をかけてお話を聞くことが、まず最初の仕事だと思っています。
精神科の診断は、一度決めたら終わりではなく、関係性のなかで育っていくものです。「この先生になら話せる」と思える場所を見つけることが、長い目で見て最も大切なことのひとつかもしれません。
まとめ
- 精神科診断には、ある程度の「ぶれ」があることが研究でも示されています。
- 不安障害と気分障害のように、もともと重なりやすい疾患群があります。どちらを主診断にするかは、医師の見立てによって変わります。
- パーソナリティ障害がベースにある場合、Ⅰ軸の診断(うつ病など)だけでは説明がつかなくなり、診断が揺らぎやすくなります。
- 双極性障害は最初うつ病として始まることが多く、正確な診断までに平均5〜10年かかることが知られています。
- 診断の変更は「失敗」ではなく、「より正確な理解への更新」です。
- 長く継続的に診てくれる医師との関係を築くことが、精神科治療の土台になります。
参考文献
- Llorente C, et al. “Inter-rater reliability of psychiatric diagnosis: a systematic review and metanalysis.” European Psychiatry. 2025; PMC12437649. [不安障害 κ=0.65、パーソナリティ障害 κ=0.65]
- Judd LL, Kessler RC, et al. “Comorbidity as a fundamental feature of generalized anxiety disorders: results from the National Comorbidity Study (NCS).” Acta Psychiatrica Scandinavica. 1998;98(Suppl 393):6–11. PMID: 9777041. [GAD患者の約80%が生涯に気分障害を合併]
- Keramatian K, et al. “Clinical and demographic factors associated with delayed diagnosis of bipolar disorder: Data from the HOPE-BD study.” Journal of Affective Disorders. 2021; S0165-0327(21)01053-3. [BD-I: 中央値5年、BD-II: 中央値11年の診断遅延]
- Hirschfeld RM, et al. “Perceptions and impact of bipolar disorder: how far have we really come? Results of the national depressive and manic-depressive association 2000 survey.” Journal of Clinical Psychiatry. 2003;64(2):161–174. [双極性障害患者の69%が初回に誤診を経験、3分の1以上が10年以上の診断遅延]
- Parker G, et al. “Bipolar II disorder: Frequently neglected, misdiagnosed.” Psychiatric News. 2023 (APA). [双極Ⅱ型は10年以上の診断遅延が普通]
- Kessler RC, Chiu WT, Demler O, Merikangas KR, Walters EE. “Prevalence, severity, and comorbidity of 12-month DSM-IV disorders in the National Comorbidity Survey Replication (NCS-R).” Archives of General Psychiatry. 2005;62(6):617–627. [不安障害と気分障害の高い共存率を疫学的に確認]