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「自分ってADHDかも」──歌舞伎町の精神科医が感じる、その診断への違和感
「自分ってADHDかも」──歌舞伎町の精神科医が感じる、その診断への違和感
ある夜、診察室に来た20代の女性のことを思い出す。キャバクラで働いていると言っていた。「Xで調べたら、ぜんぶ当てはまって。私、ADHDだと思うんです」と、スマホの画面を見せてくれた。チェックリストには几帳面に丸がついてました。
忘れっぽい、先延ばしにしてしまう、気が散る、衝動的に行動してしまう──。 読んでいると、これ、ほぼ全部「人間あるある」じゃないかとも思うんですが、彼女にとってそれは切実な悩みだっんだです。だから否定するつもりはまったくありませんでした。ただ、診察を重ねていくうちに、幼少期の話が出てきました。「学校ではふつうに授業受けてたし、成績もそんなに悪くなかった。でも夜職始めてから、なんかしんどくなって」。
その言葉が、いまも引っかかっています。
SNSで広がる”ADHD自己診断”の実態
ここ数年で、ADHDというワードはSNSで爆発的に広まりました。TikTokやXには「ADHDあるある」動画があふれ、「これ全部当てはまる人いる?」というコンテンツが何万もリポストされています。当事者の声を広める意味では大切な動きだと思います。一方で、臨床の現場で感じるのは、「診断基準」と「性格・生活習慣」が混在してしまっているということです。
歌舞伎町界隈の患者さんと接していると、特にこの傾向が強い。夜型の生活、不規則な睡眠、緊張感と刺激に満ちた仕事環境。そういった生活の中で起きる「忘れる」「衝動的になる」「気持ちが浮き沈みする」を、ADHDの症状と重ねてしまうケースが少なくありません。
ADHDの本当の診断基準──「子どもの頃から」が大前提
少し整理しておきたい。ADHDは正式には「注意欠如・多動症(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder)」といい、神経発達症(発達障害)のひとつです。
DSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)の診断基準では、いくつか重要な条件があります。
- 不注意や多動・衝動性の症状が12歳以前から存在していること
- 症状が2つ以上の状況(家庭・学校・職場など)で見られること
- 症状が社会的・学業的・職業的機能を明らかに妨げていること
- 症状がほかの精神疾患では説明できないこと
特に「12歳以前から」という点は重要だ[1]。ADHDは脳の発達の問題であって、大人になってから突然始まるものではありません。子どもの頃から「授業中じっとしていられなかった」「忘れ物が多くて先生に叱られてばかりだった」「宿題が終わらなかった」といったエピソードが必要になります。
ところが実際に問診をしていると、幼少期には特にそういった記憶がないという方が相当数いらっしゃります。「大人になって、特に夜職を始めてから、しんどくなった」という時系列が一致しないのです。
📖 参考:American Psychiatric Association. DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル, 医学書院, 2014.[1]
夜職の生活が「ADHD的な状態」を作り出している可能性
では、症状に似た状態はなぜ起きているのでしょうか?これがひょっとしたら、診断より大事な問いかもしれません。
夜職の環境を考えてほしいのです。深夜まで働き、昼頃に起きる生活。毎晩お酒を飲む。売上やお客さんのことで気持ちが浮き沈みします。常に「次の指名をどう取るか」「今夜のノルマ」を考えている。刺激が多く、感情の波が激しいですよね。
こうした生活は、脳と身体に特有のストレスをかけ続けます。研究では、慢性的な睡眠不足だけでも、注意力・記憶力・衝動制御が著しく低下することが示されています[2]。簡単に言えば、「ちゃんと眠れていない人は、ADHDに似た状態になりやすい」ということです。
さらに、感情の波が大きい環境では気分の変動や衝動性が前面に出やすくなります。「カッとなって物を投げた」「衝動買いが止まらない」「お客さんに感情的に返してしまった」──こういった話を聞くとき、私はADHDよりも先に、感情調節の難しさや生活環境の問題を考えます。
📖 参考:Alhola P, Polo-Kantola P. Sleep deprivation: Impact on cognitive performance. Neuropsychiatr Dis Treat. 2007;3(5):553-567.[2]
「ADHDっぽい」と感じる症状の、もうひとつの正体
臨床で見ていると、夜職の方に多いのは以下のような状態です。
- 気分変動(感情の波が激しい):双極性障害や、境界性パーソナリティ障害との鑑別が必要なこともある
- 衝動性:ストレスや疲労が蓄積すると、誰でも衝動的になりやすい
- 集中力の低下:睡眠不足・栄養の偏り・アルコールが脳に与える影響
- 先延ばし・やる気のなさ:うつ症状や、慢性的な疲弊の表れのこともある
これらはADHDでなくても起こりうるし、むしろ生活習慣や別の精神的な状態が背景にある場合が多いです。ADHDの診断を急ぐより、まずは「なぜその症状が出ているのか」を丁寧に掘り下げることが大切だと思っています。
先ほどの女性のケースでは、詳しく聞いていくと、売上が落ちた時期から眠れなくなり、気持ちも落ち込んでいたことがわかりました。ADHDではなく、抑うつ状態が疑われる状態でした。薬の話よりも、まず睡眠を整えることと、ストレスの整理から始めることにしました。
「本物のADHD」はどうやって見分けるの?
誤解を恐れずに言うと、ADHDの診断は、症状のリストだけでは絶対にできません。
正確な評価のためには、成人期だけでなく幼少期・学童期の情報が不可欠です。問診で確認するのはもちろん、Conners評価尺度やWAIS(ウェクスラー成人知能検査)などの心理検査も補助的に使わます。また、睡眠障害・うつ病・不安障害・双極性障害など、症状が重なる疾患をひとつひとつ除外していく作業が必要になります[3]。
日本のADHD診療ガイドラインでも、「成人期のADHD診断には他疾患との十分な鑑別が求められる」と明記されている[4]。
📖 参考:Kooij JJS, et al. Updated European Consensus Statement on diagnosis and treatment of adult ADHD. Eur Psychiatry. 2019;56:14-34.[3]
📖 参考:日本注意欠如・多動症学会. ADHD の診断・治療指針に関する研究会(齊藤万比古編). 注意欠如・多動症-ADHD-の診断・治療ガイドライン第4版, じほう, 2016.[4]
「受診すべきかどうか」迷っている方へ
正直に言えば、「ADHD かどうか」よりも「今自分が困っていること」に目を向けてほしいと思っています。
忘れっぽい、衝動的になる、気持ちが安定しない──それは確かに困っていることだ。診断名がどうあれ、その困りごとは本物だし、軽視していい理由はありません。
ひとつ言えるのは、自己診断のまま放置するよりも、一度専門家に話を聞いてもらう方が、ずっと早く楽になれることが多いということです。ADHDだったとしても、他の状態だったとしても、正確に把握することで対応が変わってきます。
当院では、夜職の方や昼夜逆転の生活をしている方が多く来院されます。生活スタイルに合わせて診察時間を調整しながら、「この症状の本当の原因は何か」を一緒に探っていくことを大切にしています。ADHD診断にこだわらず、まず今の状態を正確に把握することから始めたい方は、気軽に相談してほしのです。
まとめ:診断名より「なぜ困っているのか」を
- ADHDの診断には「12歳以前からの症状」という大前提がある
- 夜職・不規則な生活・睡眠不足は、ADHDに似た状態を作り出すことがある
- 気分変動・衝動性・集中力の低下には、うつ・睡眠障害・生活環境など別の原因が潜んでいることも多い
- 正確な診断には、幼少期の情報収集と他疾患との鑑別が必須
- 「ADHDかどうか」より「なぜ今困っているのか」を専門家と一緒に考えることが大切
参考文献
- American Psychiatric Association. Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition (DSM-5). Arlington, VA: American Psychiatric Publishing; 2013.(日本語版:医学書院, 2014)
- Alhola P, Polo-Kantola P. Sleep deprivation: Impact on cognitive performance. Neuropsychiatr Dis Treat. 2007;3(5):553-567.
- Kooij JJS, et al. Updated European Consensus Statement on diagnosis and treatment of adult ADHD. European Psychiatry. 2019;56:14-34. doi:10.1016/j.eurpsy.2018.11.001
- 齊藤万比古(編). 注意欠如・多動症-ADHD-の診断・治療ガイドライン 第4版. じほう; 2016. (日本注意欠如・多動症学会)
03-6265-9265